お笑い芸人 山ちゃんのレーシック体験談 緊張の手術
☆山ちゃんこと南海キャンディーズの山里亮太さんのレーシック体験談を神戸クリニックからご紹介します。
1977年4月14日生まれ 千葉県出身 血液型:AB型
NSC22期生。卒業後は「足軽エンペラー」というコンビを結成。その時は、ボケを担当。TBS『ガチンコ!』の企画「漫才道」で優勝したが、2003年 3月に同コンビを解散。その後はピン芸人「イタリア人」としての活動を経て、2003年に山崎静代と南海キャンディーズを結成。
【主な受賞暦】
2004年:M-1グランプリ2004準優勝
2004年:第25回ABCお笑い新人グランプリ優秀新人賞受賞
2005年:第34回上方お笑い大賞 新人賞受賞
2005年:第40回上方漫才大賞 優秀新人賞受賞
2005年:M-1グランプリ第9位
2006年:第43回ゴールデン・アロー賞新人賞
レーシックをいつからご存知でしたか?
山里(山ちゃん)
いつの間にか知っていましたね。今、所属事務所の吉本の芸人の間で流行っているので(笑)。
吉田理事長(神戸クリニックの理事長さんです)
確かにそうですね。うちのクリニックでもたくさんの方に受けていただいていますからね。
山里
はい、神戸クリニックさんにはお世話になっています。現場でレーシックを受けた芸人たちに会う機会も多いですし、それぞれに体験談を教えてくれるんですよね。
レーシックを受けようと思ったきっかけはなんですか?
吉田
今回、山里さんのレーシック体験はテレビ番組の企画でしたが、ご自身でレーシックを受ける意志はもともとあったんですか。
山里
ええ、もちろんです。自分でも受けたいなと思っていた時期でもあったので、お話をもらった時は、ノリノリでした。ただ、テレビのお仕事なんで、検査の結果で「受けられない」って出たらどうしようって、それがもう心配で。
吉田
番組で適応者かどうかをお話する時は、かなり緊張してましたよね。
山里
もう入試の合格発表の気分でしたよ(笑)。「頼むよ」って番組スタッフからもプレッシャーかけられてましたし、受けられるって知った時は、いやぁ、うれしかったですね。
吉田
レーシックを受けようと思っている方は、みなさん、受けると決めた時から未来予想図みたいなものを描いておられますが、山里さんはどうでしたか。
山里
私も描きましたよ。銭湯行って、サウナとかもメガネの曇りを気にせず入って、とか。すごく身近なことですが、こういうことを視力がいい人に話しても温度差がありますよね。完全に話がスルーしてしまって、すぐに話題を変えられてしまいます(苦笑)。
メガネを使用しながらお仕事をしていて困ったことはありましたか?
山里
やっぱりカンペが見えづらかったことですね。私の場合、メガネキャラってことで、いつも同じようなデザインのメガネを愛用しているんですが、レンズが小さいので視野が狭かったんです。レンズを通して見える真正面以外は、すぐに読みとれなくて、上下左右の視界が限られるのは不便でした。じっと見るわけにもいかないし、カメラでぬかれることもありますからね。
吉田
カンペの話はみなさん必ずされますね。お笑いという仕事がら、即反応するためにも、そういう不便さが解消されたのはいいことですね。
山里
そうですね。今は目の動きだけでどこのカンペも見られるのでラクになりました。
手術当日は緊張されましたか?
吉田
山里さんは、手術前から堂々としておられましたね。緊張はしなかったですか。
山里
緊張はしていましたよ。でもそれより術後の世界が楽しみで、わくわくする気持ちの方が緊張を超えていましたね。目が悪い人生に、これでバンッ!と終止符を打つことができる。その幸せの方が大きいって考えていたので、怖さとかはまったくなかったんですよね。それに、吉田先生が手術の過程を説明しながら進めてくれたのも安心感がありました。
吉田
番組の方からも実況中継してほしいとは言われていたんですが、毎回、声かけをしながらするんです。冗談を言って緊張をほぐしたりすることもありますし、受けられる方の人柄に合わせて対応を変えたりもしますよ。
山里
あとはなんといっても、看護師さんが手を握っていてくれたことです(笑)。ほんと、落ち着くんですよね。
やはり、特に男性の方は看護師さんに励まされたり、手を握ってもらったりということが、不安をなくしてリラックスできるようですね。
短い時間でも手術ですから、緊張しますよね!
1977年4月14日生まれ 千葉県出身 血液型:AB型
NSC22期生。卒業後は「足軽エンペラー」というコンビを結成。その時は、ボケを担当。TBS『ガチンコ!』の企画「漫才道」で優勝したが、2003年 3月に同コンビを解散。その後はピン芸人「イタリア人」としての活動を経て、2003年に山崎静代と南海キャンディーズを結成。
【主な受賞暦】
2004年:M-1グランプリ2004準優勝
2004年:第25回ABCお笑い新人グランプリ優秀新人賞受賞
2005年:第34回上方お笑い大賞 新人賞受賞
2005年:第40回上方漫才大賞 優秀新人賞受賞
2005年:M-1グランプリ第9位
2006年:第43回ゴールデン・アロー賞新人賞
レーシックをいつからご存知でしたか?
山里(山ちゃん)
いつの間にか知っていましたね。今、所属事務所の吉本の芸人の間で流行っているので(笑)。
吉田理事長(神戸クリニックの理事長さんです)
確かにそうですね。うちのクリニックでもたくさんの方に受けていただいていますからね。
山里
はい、神戸クリニックさんにはお世話になっています。現場でレーシックを受けた芸人たちに会う機会も多いですし、それぞれに体験談を教えてくれるんですよね。
レーシックを受けようと思ったきっかけはなんですか?
吉田
今回、山里さんのレーシック体験はテレビ番組の企画でしたが、ご自身でレーシックを受ける意志はもともとあったんですか。
山里
ええ、もちろんです。自分でも受けたいなと思っていた時期でもあったので、お話をもらった時は、ノリノリでした。ただ、テレビのお仕事なんで、検査の結果で「受けられない」って出たらどうしようって、それがもう心配で。
吉田
番組で適応者かどうかをお話する時は、かなり緊張してましたよね。
山里
もう入試の合格発表の気分でしたよ(笑)。「頼むよ」って番組スタッフからもプレッシャーかけられてましたし、受けられるって知った時は、いやぁ、うれしかったですね。
吉田
レーシックを受けようと思っている方は、みなさん、受けると決めた時から未来予想図みたいなものを描いておられますが、山里さんはどうでしたか。
山里
私も描きましたよ。銭湯行って、サウナとかもメガネの曇りを気にせず入って、とか。すごく身近なことですが、こういうことを視力がいい人に話しても温度差がありますよね。完全に話がスルーしてしまって、すぐに話題を変えられてしまいます(苦笑)。
メガネを使用しながらお仕事をしていて困ったことはありましたか?
山里
やっぱりカンペが見えづらかったことですね。私の場合、メガネキャラってことで、いつも同じようなデザインのメガネを愛用しているんですが、レンズが小さいので視野が狭かったんです。レンズを通して見える真正面以外は、すぐに読みとれなくて、上下左右の視界が限られるのは不便でした。じっと見るわけにもいかないし、カメラでぬかれることもありますからね。
吉田
カンペの話はみなさん必ずされますね。お笑いという仕事がら、即反応するためにも、そういう不便さが解消されたのはいいことですね。
山里
そうですね。今は目の動きだけでどこのカンペも見られるのでラクになりました。
手術当日は緊張されましたか?
吉田
山里さんは、手術前から堂々としておられましたね。緊張はしなかったですか。
山里
緊張はしていましたよ。でもそれより術後の世界が楽しみで、わくわくする気持ちの方が緊張を超えていましたね。目が悪い人生に、これでバンッ!と終止符を打つことができる。その幸せの方が大きいって考えていたので、怖さとかはまったくなかったんですよね。それに、吉田先生が手術の過程を説明しながら進めてくれたのも安心感がありました。
吉田
番組の方からも実況中継してほしいとは言われていたんですが、毎回、声かけをしながらするんです。冗談を言って緊張をほぐしたりすることもありますし、受けられる方の人柄に合わせて対応を変えたりもしますよ。
山里
あとはなんといっても、看護師さんが手を握っていてくれたことです(笑)。ほんと、落ち着くんですよね。
やはり、特に男性の方は看護師さんに励まされたり、手を握ってもらったりということが、不安をなくしてリラックスできるようですね。
短い時間でも手術ですから、緊張しますよね!

